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広島地方裁判所 昭和45年(ヨ)437号 判決

申請人

三山行夫

代理人

山田慶昭

被申請人

芸陽バス株式会社

右仕表者

久保清人

代理人

三宅清

外二名

主文

一、被申請人は、申請人を被申請人の従業員として取り扱え。

二、申請人のその余の申請を却下する。

三、申請費用は、被申請人の負担とする。

事実《省略》

理由

一、被申請人会社が一般乗合旅客運送事業を営む法人であり、申請人が被申請人会社に雇傭され、自動車運転手をしていたこと、申請人が芸陽バス支部の組合員であること、被申請人会社が昭和四五年六月三〇日付をもつて申請人を「就業規則二五条三号九号により懲戒解雇に処する」旨の処分をしたことは当事者間に争いがない。

〈証拠〉によると、就業規則二五条は次のとおりであることが認められる。

従業員が次の各号の一に該当するときは懲戒解雇に処する。但し情状により減給又は出勤停止、諭旨解雇に止めることができる。

①  正当な理由なく引続き無断欠勤一四日以上に及ぶ者。

②  他人に対し暴行脅迫を加えてその業務を妨害した者。

③  正当な理由なく上長の指示命令に従わず職場の秩序を紊す者又は紊そうとした者。

④  故意に業務上重要な機密を洩らした者又は洩らそうとした者。

⑤  会社の承認なく他に就職し又は勤務中自己の業務を営むに至つた者で甚しく不都合と認められた者。

⑥  故意に会社の信用を失墜した者。

⑦  業務に関し不正不当な金品その他を授受した者。

⑧  業務以外に車両を使用又は乱用した者。

⑨  業務上会社の収入を不正に収得し又は之を収受しなかつた者。

⑩  刑罰法規に違反し有罪の確定判決を言い渡され、再度の就業が不適当と認められた者。

⑪  故意に会社の設備、機械、器具を破壊し又は災害、傷害その他重大な事故を発生させた者。

⑫  その他前各号に準ずる行為をなした者。

二、そこで、右解雇の効力について判断する。

(一)  就業規則二五条三号に該当するとの点について

1、〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

申請人は、昭和四五年四月二三日、被申請人会社のバス路線のうち、広島市紙屋町広島バスセンターと安芸郡瀬野川町大字畑賀所在の被申請人会社の畑賀車庫を結ぶ畑賀線の乗務についていたが、当日は車掌代行(運転手の資格を持つ者が、車掌として勤務すること)として運転手牛尾孝治とともに乗務をし、午後一時二三分頃定刻に一日の乗務を終えて右畑賀車庫に帰着した(以上の点は当事者間に争いがない。)。

被申請人会社においては、従業員のバス料金不正取得防止を目的とする所持品検査などは営業課がこれを所管しており(始めは指導課)、この課に属する指導係員栗間、貞政、伊崎、金谷、新木は営業課長梶川武彦の命を受け、当日畑賀車庫において申請人および牛尾孝治の所持品検査をすることになつていた。

申請人らが乗務したバスが畑賀車庫に帰着して、四、五人の乗客が降車するのと入れ替りに、栗間、貞政、伊崎がバスに乗つてきて、申請人に対し車掌鞄の検査を求め、申請人もこれに応じて検査を受けた。右指導係員の間では、栗間、貞政、伊崎がバス内の検査を担当し、金谷、新木がバス外で見張りの役をすることになつていた。

車掌鞄の検査の結果は、四〇〇〇円あるべき両替金が三九七〇円残つており、三〇円不足であつた。この程度の不足は普通あり得ることで、被申請人会社では問題とされていなかつた。右検査終了後、申請人は指導係員に対し、申請人が乗務に際し常に携帯している私物の黒色革製ボストンバック(縦三〇センチメートル横四―五〇センチメートル程度の大きさで、円管服、化粧品、腕章などを入れている。)を網棚からおろして「こういうものは見んでもええんですかいの」と問いかけた。そして伊崎との間で問答があつた後(この点後記参照)、申請人はボストンバックを持つて降車し、畑賀車庫内の従業員の自家用車車庫(別図参照)においてあつた申請人の通勤用自動車キャロル(東洋工業株式会社製軽乗用車)の方に行きかけた。その時栗間が申請人に対し休けい室で所持品検査をする趣旨を告げた。申請人もこれを了知したが、そのままキャロルに乗り込み、ドアをしめ、ボストンバックを車内におき、エンジンを始動させた後休けい室に引き返し、栗間、貞政から所持品検査を受けた。その結果、申請人が所持していた物は、キーホルダー、ライター、免許証のはいつた手帳、万年筆だけであり、異常は認められなかつた。

申請人は所持品検査は終了したものとして再びキャロルに戻り帰宅しようとして発進したが、その間、金谷から「車の中を見せてほしい。」といわれたので、一たん、畑賀車庫にそつて走つている県道に出たが、再びバックして車庫広場に戻つてきた。そして、運転席のドアを開けて「どうぞ」といつたが、金谷は「車の中を見せてほしい。」「車を降りいや。」といつて申請人に車から降りることを要求した。申請人が「降りんと見られんのですか。」というと金谷は「降りいうたら降りいや。」といい、双方が感情的になり、申請人は立腹してそのままキャロルを発進させた。金谷はキャロルのドアにつかまつてキャロルを追いかけて走り、県道と車庫広場との角のところを飛び越えたとき、右足を軽く捻挫した(傷害というには至らない。)。

2、被申請人会社のように、乗客の支払う料金を最大の収入源とする企業にあつては乗務員による料金の不正取得を防止するために、所持品検査を行うことは、収入の確保ないし企業秩序の維持のため重要な機能を果すものといえる。しかし他面では、その検査の方法や程度如何によつては、私人による犯罪捜査と異ならないものがあるのであつて、乗務員に対し不当な羞恥心、屈辱感を与え、あるいは直接にその基本的人権を侵害するおそれのあるものである。

したがつて、所持品検査に当つては、就業規則その他明示の根拠に基づき、一般的に妥当な方法と程度で、しかも職場従業員に対して画一的に実施されるものでなければならない(昭和四二年(オ)第七四〇号、同四三年八月二日最高裁判所第二小法廷判決参照)。

3、そこで、本件の場合における所持品検査の根拠について検討する。

被申請人会社において、従前から行われてきた所持品検査が、昭和四二年一二月一九日、整理券方式の採用に伴なつて、被申請人会社と芸陽バス支部との協定によつて廃止されたことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、昭和四三年七月二五日、被申請人会社と芸陽バス支部間において、覚書の形式で所持品検査制度復活の協定がなされ、その覚書の内容の骨子は、「乗務員並びに営業所において料金を取扱う職員は、終業の際または勤務中に指導課員または管理職の行う不正防止を目的にした所持品検査を受けなければならない。」というものであること、労使間において右同趣旨の覚書が昭和四四年二月三日、同年一〇月二一日、昭和四五年七月二日にも締結されたこと、右各覚書による所持品検査の実施期間はそれぞれ六個月となつており、要するに、昭和四三年八月一日から同四四年一月三一日まで、同年二月一日から同年七月三一日まで、同年一〇月二一日から同四五年四月二〇日まで、同月七月二一日から昭和四六年一月二〇日までであること、したがつて、文言のうえでは本件所持品検査当日は右実施期間に含まれていないことが認められる。

しかしながら、〈証拠〉によれば、覚書作成の過程における労使間の話合いでは、芸陽バス支部も被申請人会社が所持品検査をなす必要性があることを了解し、問題はその方法や程度であると認識していたので、覚書の文言の上では実施期間を定めていたが、その後更新することについて原則的な同意を与えていたこと、覚書の実施期間経過後、次の覚書が作成されるまでの期間、すなわち空白期間にも、現実に指導係員による所持品検査がなされ、乗務員からの異議も抵抗もなかつたことが認められる。本件の場合においても、申請人はバス内における車掌鞄の検査、休けい室における所持品検査は素直に受けていることは前記のとおりである。右のような事情および空白期間がいずれも短期間に止まつている点(殊に本件の場合実施期間満了三日後のでき事である。)を総合すれば、労使当事者間においては、覚書の形式のうえでは所持品検査実施期間に空白があつても、次の覚書が作成される間は、一応前の覚書の内容に従つて所持品検査をしようとの了解があつたものと認めることができる。そうすると、本件所持品検査当日も被申請人会社において所持品検査をする根拠(明示の根拠とはいえないが、これに準ずるものとして)があつたということができる。

4、指導係員と申請人の関係について検討する。被申請人会社では、乗務員に対する所持品検査は、営業課がこれを所管しており、これを実際に担当するものとして営業課の中に指導係を設けており、(これはさきの覚書の中で指導課員と表示されているものが改組されたものである。)申請人に対して所持品検査をなした指導係員は、いずれも右の指導係に所属し、そして、本件の場合も営業課長の指示、命令に基づいて右所持品検査をしたことはさきに認定したとおりである。

してみると、本件の場合も、指導係員が所持品検査に関してなした指示、命令は、形式的には就業規則二五条三号にいう「上長の指示、命令」に該当するものということができる。

5、そこで、金谷がキャロル内の検査を要求したこと、申請人がこれを拒否したことの是非について検討する。

所持品検査はさきに説示したように人権侵害の弊害を伴うものであるから、その方法や程度は妥当なものでなくてはならない。検査の対象となるものは乗務と密接に関連するもの、すなわち、服装検査のほか、乗務に際し会社から命ぜられて業務上携帯した物品、乗務に際し特に携帯した私物に限られる。

乗務員が通勤に使用する自家用車内は、完全に個人の領域であるから、原則的には検査の対象とならない。次に述べるような特段の事情のある場合に始めて検査が許される。所持品検査は乗務時の状態をそのままさらさなくては意味がないことからいつて、所持品検査前あるいは所持品検査中に、係員の許可なく乗務員が自家用車内に乗り込んだときは、乗務員に対し自家用車内から出ることを求めることができる。同じように、係員の許可なく乗務員が検査の対象になる私物などを自家用車内に持ち込んだときは、乗務員に対しこれを車内から取り出して提示することを求めることができる。そして、乗務員が許可なく自家用車内に乗り込んだうえ車内に金品を隠したり、許可なく私物などを持ち込んだうえその中の金品を隠したりするように、車内において不正取得を疑わせる客観的な行為をしたときに、始めて車内検査そのものを求めることができる。許可なく自家用車に乗り、許可なく私物などをこれに入れたとしても、右のような客観的行為はなく、単に係員がその態度は不審だと思つただけで、車内検査を求めることができるわけではない。

被申請人はキャロル内の検査が許される理由として、(イ)指導係員において申請人に対し私物のボストンバッグも検査する旨告げたのに、申請人はこれをキャロル内に持ち込んだ、(ロ)申請人はキャロル内において、着衣やボストンバックから金品らしきものをとり出し、キャロル内に隠したことを挙げている。

(右(イ)の点について)

伊崎は審尋の結果(成立に争いのない疎乙第二三号証の三)においてバス内で三山がボストンバックについて「こういうようなものは見て貰わんでもええじゃろうか」というので、「ええじゃろういうことはなかろう。」と答えたといい、栗間も審尋の結果(同じく疎乙第二〇号証の二)において、両者の間に同趣旨の会話があつたといつているのに対し、申請人は本人尋問の結果において、ボストンバックをあけて「こういうものは見んでもええんですかいの」というと、伊崎が「ええ、ええ」といつたといい、証人牛尾孝治(運転手)も同趣旨を証言している。

かようにして双方の言い分が相反し、指導係員が申請人に対しボストンバックの持ち出しをしたかどうかにわかに断じ難いところであるが(伊崎はバス内のシートの検査などに気をとられ、どちらともとれる瞹昧な発言をしたともみられる。)、それはさておいて、次のような点を考慮しなくてはならない。

さきの認定事実によつても明らかなように、申請人はボストンバックを手にしてバスより降りた後に、栗間より休けい室で所持品検査をする趣旨を告げられたのに(「休けい室で」との言葉があつたかどうかは明瞭でないが、通常休けい室が利用されているので、申請人にはその趣旨が判つた筈である。)、そのままボストンバックを手にしてキャロル内に乗り込んでいる。すなわち、所持品検査は勤務時の状態をそのまま検査にさらしてこそ実効のあるものであるから、乗務員は所持品検査は係員の許可なくその場から離脱できないのに、申請人は許可なく(もつとも栗間において、所持品検査をするといいながら休けい室に誘導することもせず、申請人がキャロルに乗り込むのを見てもそのままにしており、乗り込んだ申請人に対し直ちに外に出ることを求めてもいないところをみると、暗黙のうちに、申請人が一旦キャロルに乗り込むのを許可したとの疑いもあるが、この場合許可があつたとの積極的な立証がない以上許可はなかつたといわざるを得ない。)検査の場から離脱したことになる。そこを離脱しなければならない格別の事情があつたかというに、申請人の供述によつても、ボストンバッグを車内に入れておくことと、キャロルが水冷エンジンであることからエンジン始動をしておくために乗つたというのであるから、格別の事情があるともいえない。

かような次第で、ボストンバッグの持ち出しに許可があつたかどうかはさておいて、申請人は許可なくキャロル内に乗り込んだのであるから、もし、申請人がキャロル内で服の中から金品を出して隠すなど客観的に不審な行為をしたのであれば、係員においてキャロル内の検査を求めることができたことになる。

((ロ)の点について)

金谷は審尋の結果(成立に争いのない疎乙第一八号証の二)において、申請人がキャロル内で服やボストンバックから硬貨を出してこれをかまつており、座席と座席の間に隠したといい、栗間は審尋の結果(同じく疎乙第二〇号証の二)において、金を隠したかどうかは判らぬが、キャロル内において申請人は不審な行動をしたという(他にはキャロル内の申請人の行為を目撃したという者はいない。)。一方、申請人は本人尋問の結果において、キャロル内でたまたま散らばつていた工具をかたづけたことはあるが、金を手にしたことはないと述べる。

金谷、栗間は裁判所の検証(同じく疎甲第一六号証)の際、申請人のキャロル内の行為を目撃した位置は別紙図面③④であると指示している。そして、申請人本人尋問の結果および右検証の際の北村智昭の指示によると、キャロルがおいてあつた自家用車車庫のその当時の構造は、屋根の部分および西、南側をトタン板で囲み、北側は休けい室に接していたこと、当時の駐車状況は、キャロルが一番南側に西向きにおいており、牛尾孝治所有のホンダ軽自動車がその北、坂田博所有のサニー一〇〇〇が更にその北においてあつたことが認められる。すなわち、自家用車車庫の南、西、北は閉ざされていて、光がさしこむのは東側からだけであり、しかもキャロルの運転席は西側にあるので、そこは暗くなつていると思われる。そうすると、金谷、栗間の位置から申請人の行為をつぶさに確認し得るか疑問がないでもなく、硬貨と工具を間違えるということもあり得ると思われる。

金谷がいう如く、キャロル内で申請人が金を隠したのを目撃したのであれば、まさにこの事は重大で、金谷としては何をおいても直ちに申請人の許に赴き、その行為について説明を求め、場合によつてはキャロル内の検査を直ちに実施し、また、他の指導係員にも即時に通報すべきであつた。金谷の言(疎乙第一八号証の二)に従えば同人は申請人がキャロルで金を隠すのを目撃しながら、直ちに申請人の許に赴いて説明を求めることをせず、車内から退出することを求めることをせず、数分間漫然とこれを見ており、他の係員にもこの事態をはつきり伝えることをしなかつた、また申請人がキャロルから出て休けい室に行くこともそのまま許し、休けい室での所持品検査が終了し、帰宅のため申請人がキャロルに乗り込んだ際、始めてキャロル内の検査を求めたことになるが、その態度は極めて不可解であるということができる。金谷は右審尋の際申請人が金を隠しているのを数分間だまつて見ているだけというのはおかしいではないかと追及され、ただ唖然としていたためと弁解しているが納得し難いものがある。金谷においては、申請人の態度が不審だと思つたに止まり、金を隠すような顕著な不審行為は見ていないのではないかと疑われる。

以上の点を総合すると、申請人がキャロル内で金を隠しているのを目撃したとの金谷の言、申請人がキャロル内で不審な行動をしているのを目撃したとの栗間の言のみでは、申請人がキャロル内で金を隠していたとの事実があつたとの心証を惹起し難いということができる(さきに触れた如く、申請人が急がなければならぬ用もないのに、バスから降りて直ちにキャロル内に乗り込んだ態度には不審な点がある(もつとも、申請人は係員の許可を得なかつたというだけで、係員の指示を振り切るなど外形上において不審な行為をしたわけではない。ボストンバックの持出しが許されるとしてバスから降り、普通の歩き方でキャロルの許に行き、普通の態度でキャロルに乗り込んでいる。)また、後のキャロル発進の際における申請人の態度にも疑問は残る。金谷が最初に「車の中を見せてほしい。」といつたのが、キャロルの発進前であるか後であるかは双方の言い分の喰い違うところであるが、申請人としても、金品の不正取得の疑いを晴らすため、進んでキャロルを停止し、その内部を見せてもよかつた筈である。しかし、その態度に不審なものがあるからといつて、それ故にキャロル内で金品を出して隠したのが事実であろうともいい難い。)

右の次第で、(ロ)の点の存在につき心証がとれない以上、いずれにしろ、個人の通勤用自動車内まで検査ができる特段の事情があるといえず、指導係員において申請人に対しキャロル内の検査まで要求することは許されないものというべく、申請人がこれを拒んだことも「正当な理由なく上長の指示命令に従わず職場の秩序を紊すもの」とはいえない。

かりに申請人がキャロル内で金品を隠す如き不審な行動をして、指導係員においてキャロル内の検査が許される場合であつたとしても(それにしても、キャロル内の検査は不審な行動を発見した際になすべきで、本件の如く、休けい室における所持品検査が終了し、外形上所持品検査手続の一切が完了したとみえる段階でこれを求め得るかは疑問である。なお、指導係員らにおいては、申請人をねらい打ちして所持品検査をしたとみえるふしもあるのであつて、所持品検査の画一性の要請の点からも疑いがある。)、本件の場合、申請人の拒否行為を把え、右就業規則二五条三号違反として解雇事由に該当するとなすことはできない。なんとなれば、所持品検査として自家用車内の検査が許されるのは特段の事情のある場合であるから、指導係員においては、申請人の行為に理解し難いものがあつたこと、したがつてキャロル内の検査が必要であることを感情的にならず十分説明すべきであるのに、この点に落度があつたということができ、これを拒否したことの一事を以て、直ちに申請人を懲戒解雇にすることは行過ぎだといわざるを得ない。

6、よつて、申請人につき、就業規則二五条三号に該当する事由がないか、かりにあつたとしても、右事由は懲戒解雇処分に付すべき程度に悪質なものではないということができる。

(二)  就業規則二五条九号に該当するとの点について

1、被申請人は、申請人がバス料金の不正取得したことは、同僚運転手である坂田博や退職した車掌崎田勝美、同大下豊らの供述によつて明らかだと主張する。そこで、これらの証拠について検討する。

2、坂田博は被申請人会社に対する報告書(疎乙第七号証の四)、同人の賞罰審議委員会における陳述記録(同号証の五)および裁判所の審尋の結果において、自分は畑賀車庫にある宿舎に住んでいるものであるが、昭和四五年二、三月頃、夜間、畑賀車庫の宿舎玄関先において、申請人が針金を用い、バス料金箱から料金を不正に抜き取つているのを数回見たし、また、その頃寺橋駐車場において、申請人が同様な方法で料金の不正取得をしているのも目撃したとの趣旨を述べている。しかし次に検討するように、そのいうところは一貫性に欠くるところがあるといわざるを得ない。

A、畑賀車庫の不正取得について

坂田博は昭和四五年一二月一四日の審尋(疎乙第一八号証の三)の際には、同人宅の玄関先に立つてバス内を見てもバスが通常の駐車位置にいる限り、角度の関係で天井ぐらいしか見えず、車内の申請人の不正行為は確認できないのではないか、不正行為を見たというのはうそではないかと追及されたのに対し、申請人の行為や周囲の状況を具体的に述べてこれが確認のできることを断言した。そして、果してこの確認が可能かどうかを調べるため、昭和四六年五月一七日裁判所の検証(疎甲第一六号証)がなされ、玄関先地上からではバスのステップ台付近にいる車掌はその肩から上あたりしか見えず、料金箱から料金を抜きとる行為は見ることができないことが確かめられた際、始めて、玄関横においてあつた石油缶の上に上つてみたと指示している。証人清水久志、同久保山徳美は、当時坂田博宅玄関横はでこぼこしていて石油缶がおかれる状態でなく、事実おかれていなかつた、そこにはオガライトなど風呂の燃料がおいてあつたと証言する(更に、申請人は本人尋問の結果において、昭和四六年五月一七日の裁判所の検証の直前である同月一四日、被申請人会社により検証のリハーサルが行なわれ、坂田博の自宅玄関横のでこぼこに新しいまさ土を入れ、石油缶をおいてバス内の車掌が見られるようにしたと述べる。裁判所の検証の際、右玄関横に新しいまさ土が入つていたことは事実である(成立に争いのない疎甲第一二号証の一、二))。

なお、坂田博は昭和四六年五月三一日の審尋の結果では(疎乙第二一号証の二)、畑賀車庫で石油缶に上つてバス車内の申請人を見たのは最初の時だけであり、あとは申請人が車内でかがんでいるので不正をしていると感じたのだという。

坂田博は昭和四五年一二月一四日の審尋の結果(疎乙第一八号証の三)において、「昭和四五年二月二一日午後七時三〇分から八時までの間、上野八重子が畑賀車庫の自宅に来たとき『三山さんは何をしよつてんだろうか。』といつたので玄関先に出てみると、車庫内にとまつているバスの中で、申請人がルームランプをつけて料金箱の横に立ち、針金のようなもので料金箱から料金をつり上げているのを目撃した。」と述べている。ところが、同人は昭和四六年五月三一日の審尋の結果(疎乙第二一号証の二)では、「上野八重子が自宅に来たときには家の中で話しただけで外に出て見たものではない。畑賀車庫で申請人の不正行為を見たのは別の機会である。」と供述を変えている。

坂田博の前掲報告書(疎乙第七号証の四)、同人の前掲陳述記録(同号証の五)において、同人が述べているところと裁判所における右審尋の結果もまたそごするところがある。右報告書などでは、申請人が金員取得をなしとげたことを見たようにいい、金を隠すのは腹巻や内ポケット内であるというけれども、審尋の結果では、料金箱から金を抜きとろうとしているのを見ただけで、金を抜きとつたところまで見たことはないといい、また、右報告書などでは、申請人が料金抜きとりをしたあとその一部約二〇〇〇円をとつておけといつて自分に差し出したと述べ、右審尋の結果では申請人が金をとつておけといつたのは自分が不正を発見する前であるという。

なお、坂田博は昭和四六年五月三一日の審尋の結果において、畑賀車庫で申請人の不正行為を目撃したうちの一回として「竹内茂雄が自宅にやつてきて『やつちよる、やつちよる』といつたので外に出てみたところ、申請人がバスの中で不正行為をしていた。」というけれど、証人竹内茂雄は、申請人の不正行為を現認したことはなく、坂田博が述べるような事実はないと証言する。

以上のような坂田博の供述の変遷から、次のようにみることもできよう。坂田博において、申請人につき全く虚無の事実を申し立てこれを陥し入れなくてはならぬ十分の理由も発見できないので、申請人が夜間用もないのにバス内にとどまつているのを数回目撃したのは事実かもしれず、坂田博はそれを申請人が料金の不正取得をしているものと考え、そのあげく、あたかも申請人の料金抜取りを現認したかの如くいうに至つたのであろう。そして、その供述の不合理な点をつくろうため、石油缶の話を持出したのかもしれない。

いずれにしろ、かように変遷をかさねる坂田の供述や報告だけでは、申請人が畑賀車庫で料金の不正取得をしたと断ずるにははばかられるものがあるといわざるを得ない。

坂田博の妻である坂田啓子が営業課長梶川武彦らから事情を聴取された記録(証人梶川武彦の証言により成立の認められる疎乙第二五号証)には坂田博の供述と同趣旨の内容が存するが、坂田啓子の述べるところは坂田博のいうところに負うものであるから、前同様に十分の信を措き難い。

B 寺橋駐車場の不正取得について

前掲の坂田博の報告書(疎乙第七号証の四)、陳述記録(同号証の五)において、同人は昭和四五年二月から三月の間、二・三回寺橋駐車場において待機しているバスの中で、申請人が料金箱の中から料金をつりあげているのを見たとし、料金を不正取得したようにいうのであるが、昭和四六年五月三一日の審尋の結果(疎乙第二一号証の二)では、申請人が同駐車場で料金箱から金をつりあげようとしているのを目で直接見たのは一度だけで、あとはバックミラーに写つているのを見たのであり、不正取得の既遂になつたのを見たことは一度もないと述べている。

さきに説明したように、坂田博の供述に変遷があるし、供述には作為の部分もあると思われるので、同人の供述によつては、申請人が寺橋駐車場で料金を不正に取得したと断定するにははばかられるものがあるといわざるを得ない。

坂田啓子からの聴取記録(疎乙第二五号証)の内容にも寺橋駐車場の点にふれた部分があるが、それが坂田博のいうところに負うものが多いことから、十分に信用できないことはさきに述べたとおりである。

3、退職した車掌大下豊は被申請人会社に対する始末書と題する書面(証人梶川武彦の証言により成立の認められる疎乙第七号証の七)において、また、右同様退職した車掌崎田勝美は被申請人会社に対する供述調書と題する書面(同じく疎乙第七号証の八)において、いずれも、「自分は料金の不正取得をしたがそれは他のものから強要されたのである。」と述べ、強要した者数名を挙げている中に申請人の名があるのである。

右の内容は申請人が料金の不正取得をしたというのでないのみならず、自己の責任を軽くするため殊更他人が強要したといつたかもしれないし、殊に退職に際しての供述であるから、無責任な言い方になつているかもしれず、これを以て申請人が料金を不正に取得したと断ずることのできないのは当然である。

4  以上のほか、申請人が料金の不正取得したことを認めるに足る証拠はない。

5、これまでの証拠を総合すると、申請人が料金の不正取得をしたこともあるのではないかとの疑いは多分に残るけれども、なおこれをしたと断ずることはできないので(なお、坂田博が審尋の結果において、申請人が料金の不正取得をなしとげたことは一度も見たことはないというに至つたので、既遂の点についての直接証拠は全くないことになる。)、申請人につき、就業規則二五条九号に該当する事実があつたということはできない。

(三)  以上により、本件解雇は就業規則の適用を誤つたものであるから無効である。

したがつて、申請人は依然被申請人会社の従業員としての地位にあり、被申請人はこれを従業員として取り扱わなくてはならない。

三、仮処分の必要性

〈証拠〉によれば、申請人の賃金収入は職務の性質上、一定していないことが認められるので、解雇前三か月の平均賃金をみるに、右各証拠によれば、一か月六万五、四四五円であること(疎乙第一七号証記載の三月ないし五月分の支給総額を平均したもの)が認められる。申請人は一か月七万一、二四二円の収入を得ていたと主張し、これに副う〈証拠〉があるが、右証拠は、〈証拠〉に照し、平均賃金算定の資料とすることができない。

そして、申請人が右の賃金収入によつて家族の生計を維持していたこと、被申請人会社が、解雇後申請人を従業員として取扱わず且つ賃金の支払いを拒んでいることは弁論の全趣旨に照し明らかである。

ところが、〈証拠〉によれば、申請人は解雇されてのち昭和四五年七月頃から同年一〇月頃までと、昭和四六年三月以降引続き安芸郡船越町太陽タクシーにアルバイトとして雇傭され、タクシー運転手の仕事をして一か月五万円から七万円の賃金を得ており、右の収入により一応の生活を維持してきていること、右アルバイトは臨時的なものとはいえ、被申請人会社に復帰しうるまで継続しうることが認められる。

右事実からすれば、申請人は、賃金等の仮払いを受けなければ、本案判決のあるまでの生活を維持しえない程のさし迫つた事情があるとは言えない。

したがつて、賃金及び昭和四五年度の夏期一時金の仮払いを求める申請は、保全の必要性があるとは認められない。

四、よつて、申請人の本件仮処分申請は、主文掲記の限度において理由があるから保証を立てしめずしてこれを認容し、賃金等の仮払いを求める部分は保全の必要がないからこれを却下することとし、申請費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(竹村寿 高升五十雄 井上郁夫)

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